インタビュー

民間企業と手を組むことで可能性を広げ、
自治体として存続できる方法を前向きに
模索していきたい

尾鷲市役所

水産農林課参事 千種正則さん

課題

  • 脱炭素に関するノウハウ・知識不足
  • 事業開発および運営のための資金不足
  • 域外企業との関係構築
  • 豊かな自然資源を活かした独自モデルの構築

ソリューション

  • 脱炭素に関する定期的なレクチャーや情報共有の実施
  • 歳入増加のための事業開発および企業版ふるさと納税の申請
  • コンソーシアム内での個人や企業との関係構築
  • 生物多様性に資する30by30アライアンスへの参加申請

インパクト

  • J-クレジット創出や再エネ設備の設置など脱炭素事業の展開をスタート
  • 企業ふるさと納税の申請先として採択
  • 尾鷲市ゼロカーボンシティ宣言に伴い、日本郵政やヤフーなどの大企業を含むセクターとプロジェクト推進のための協定を締結
三重県南部に位置し海と山に囲まれた尾鷲市は、昔から漁業や林業のまちとして栄えてきました。当社と尾鷲市はともに“100年後も地球と生きる“をコンセプトに掲げ持続可能な地域社会を目指すコンソーシアム「Sustainable Innovation Lab(以下SIL)」に参画し、そこでの活動を通じて、尾鷲市の現状や課題に対しての理解を深めてきました。2022年3月には尾鷲市のゼロカーボンシティ 実現に向けた協定を締結し賛同企業や団体とともに地域の脱炭素化を目指すほか、豊かな自然資源を活かした新たな教育モデル構築に向けても取り組みを進めています。
当社と尾鷲市はSILでの出会いをきっかけに、尾鷲市の現状について議論を深めてきました。もともとどんな課題意識をお持ちだったのでしょうか。
昔から尾鷲市が大切にしてきた林業や漁業などの一次産業の持続可能性や、これからの自治体の運営については特に強い課題意識がありました。
尾鷲市の豊かな自然資源を活かして何かできることがないか?と自治体の中でも模索されていたんですね。
国土のためにも自然資源の保全は必須ですがその仕組みを事業化することは難しく、自治体だけではノウハウ不足の状態でした。
そんな中、タイミングよくYahoo!Japanが「カーボンニュートラル」をテーマにした企業版ふるさと納税の寄付先を公募することになったんです。尾鷲市としてエントリーしてみたらどうかとアドバイスをいただき、三ッ輪グループの皆さんにリードいただきながら一緒に申請作業を進めていきました。
実際に、一緒に作業をされてみていかがでしたか?
恥ずかしながら当時の我々は「脱炭素とは何か?」という基本から教えていただく必要がある状態でした。これまで自治体として実施してきた森林整備が脱炭素化に寄与するということもそこで初めて教えていただき、脱炭素化を目指すことは今までやってきたことの延長線上にあるんだ、という感覚が持てました。
尾鷲市の豊かな自然資源を、さらに持続的な地域づくりに活用していくための糸口が見えてきたんですね。
はい。自治体として真摯に取り組んできた林業をさらに発展させていくための見通しを立てられていなかったものの、自然資源をもっと活用できないかという思いはありました。

Next Commons LabをはじめとしたSILメンバーや三ッ輪グループの皆さんに、森林におけるCO2吸収量の算定方法など基本的なところからレクチャーしてもらい知識を深めながら申請作業を行ったおかげで、無事に企業版ふるさと納税の寄付先として採択いただくことができました。木材を販売して収益を上げるというシンプルな経済活動から、一歩進んだ価値づくりの可能性が見えた気がしましたね。

自治体だけでは企業版ふるさと納税の寄付先として申請してみようという発想は出てこなかったと思いますし、申請の方法もわからなかったので、今考えても大きな一歩でした。
全く接点のなかった東京の企業である三ッ輪グループの印象についてはいかがでしたか?
まず第一に、我々にはないエネルギーについての専門知識に驚きました。関わっていただいたことで、間違いなく視野が広がったと思います。
地方で働いている私にとっては、東京の企業というだけで構えてしまう部分もあったのですが、皆さんのお人柄が本当に良くて。
ありがとうございます。具体的に良いと思ってくださったポイントなどお伺いできますでしょうか。
仕事の進め方が丁寧な点ですね。プロジェクトを進めていく中で飛び交う専門用語や業界知識をわかりやすく解説してくれたり、噛み砕いて資料化してくれたり、自治体の現状に寄り添った対応をしてくださるので助かっています。

所謂コンサルティングのような、アドバイザーのような関わり方をされている会社も多いと思いますが、協業していく中でそうではないなと。地道に手を動かす作業も嫌な顔一つせずに対応してくださるので、仕事を進めていく中で自然に信頼関係が築けました。
当社としてはいちばん大切にしている点なので、そう言っていただけてとても嬉しいです。
実は今日もこれから三ッ輪の中島さんが尾鷲に来ることになっているのですが、協業がスタートしてから本当に頻繁に足を運んでくれています。
ご自身の目でしっかり現場を見ながらプロジェクトの方向性を一緒に考えてくださるので、コミュニケーションもしっかり取れて、安心感があります。
今では当社の社員がプライベートでも尾鷲を訪れるほど仲良くさせていただいていますよね。
尾鷲市はアクセスしづらく、東京から見て日本でいちばん遠い場所とも言われています。そんな尾鷲市を好きになってくれて、プライベートで家族を連れて旅行にまで来てくれるようになって、本当に嬉しいです。
ビジネスパートナーを超えたファミリーのような関係だと思っています。
入り口はビジネスでしたが、尾鷲市の皆さんとの関係性は我々にとっても大きな財産だと感じています。プロジェクトを進めていく中での役割はどのように分担されていますか?
現在(※取材当時)はJクレジットの取得に向けて動いているところですが、全体のマネジメントを三ッ輪グループに担当してもらっています。書類に記載するべき情報やファクトなど、依頼を受けた事項を自治体側で調査・確認しながら、連携をとっています。
三ッ輪グループがキャッチアップされている脱炭素に関する最新情報をタイムリーに連携いただけることも大変ありがたいですね。
市役所の皆さんの尽力のおかげで、尾鷲市の脱炭素推進は市長にも深く理解いただいていると感じます。
そうですね。私は林業技師という専門職なので異動はないのですが、定年まであと9年。市長を含め、役所のメンバーには任期があるということを考えると、今のメンバーで動けるうちに少しでもプロジェクトを前に進めておきたいという気持ちで取り組んでいます。
プロジェクトがようやく本格的に動き出したところかと思いますが、現時点での成果や自治体内でのポジティブに感じていらっしゃる変化は何かありますか。
現実的な話ですが、持続的な地域づくりのためには持続的な収益がどうしても必要です。三ッ輪グループとの協業が始まってから「このプロジェクトをしっかり収益化していく」という意識が高まったように思います。

プロジェクトを通じてたくさんの企業や団体と出会い視野も広がりましたし、尾鷲に出入りしてくれる関係人口も格段に増えましたね。それまでは自治体の中だけで検討を進めていましたが、今思えば閉塞的な環境だったと思います。
脱炭素化のように、すぐに結果が出ない長期的なプロジェクトに対してのモチベーションはどのように維持されているのでしょうか。
我々が長い間従事してきた林業は、5〜60年先にならないと結果がわからない仕事です。ずっと木を育ててきて、歴代の上司からも「自分が生きている間に結果が出ないかもしれないけれど、次の世代の人たちのためにできることをやるしかない」と言われてきました。
そのため、すぐに結果が出ないプロジェクトに対しても耐性がある方かなと思います。今の取り組みがどのような結果に繋がるかは誰にもわかりませんが、後の世代を生きる人たちに少しでも良い状態でバトンを渡せるようにしなければいけないと思っています。
脱炭素に関する先進的な施策を日本の小さな自治体である尾鷲市で実践するということは、とても意義がありますよね。
今まででは考えられないことです。我々の所属する水産農林課のメンバーも、このプロジェクトに関わるようになってから別人のように日々アップデートできている感覚があると言っていました。
生物多様性や30by30など、新しいワードも皆さんから教えていただきましたし、一歩一歩わからないことをクリアにしながら進めていけている感覚があります。
地域の皆さんが心から地域を愛し、未来を考えていらっしゃることが伝わってきます。
市役所の仕事の一環で地域の子どもたちへの自然体験学習なども行うようになり、尾鷲の海や森の魅力を伝えているうちに、自分自身も改めて尾鷲というまちの魅力を再確認したところがあります。
私は生まれも育ちも尾鷲なのである意味この環境が当たり前と思って育ってきたのですが、生物多様性の宝庫である海や森のありがたみに改めて気づかされましたね。
我々が地域を守っていくことで、子どもたちの頭の片隅にでも尾鷲の風景やヒノキの香りなどが故郷の記憶として残ってもらえたら嬉しいです。
「脱炭素化」という一つの手段を使って、我々としてもさらに尾鷲の持続可能性を高めることに貢献していけたらと思います。
予算や人口減少などの課題から、尾鷲市単独で地域の持続可能性を高めていくことは残念ながら困難です。ですが、三ッ輪グループのような民間企業と手を組むことで可能性を広げ、自治体として存続できる方法を前向きに模索できたらと思っています。